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科学技術に関連するさまざまな社会問題に注目して、多くの専門家やグループと連携しながら、市民が必要としている研究、調査をすすめている。
大阪出身。大学では生物学を専攻。英語を使った仕事(教育や翻訳)も多い。
好きなこと:子どもたちと遊ぶこと、クラシック音楽、古本屋めぐり
NPO法人市民科学研究室
http://www.csij.org/

 

もっと知りたいあなたに贈る 体育~「体」を通じて聞く地球の悲鳴
 

今の自分の原点は子供のころの遊び体験

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 あなたは子どものころ、どんな遊びに熱中しましたか? 家の中での遊びでしょうか、 外での遊びだったでしょうか? 友達と一緒にどんな遊びをしましたか? それは親の目の届かないところでの、ケガもしかねないような危ない場所だったりしたでしょうか?
 夢中になって遊んだそのことが、今のあなたの身体と精神にどんな影響を与えたかを正確に述べることは難しいでしょう。しかし、それがなければ今の自分とはずいぶん違った自分になっていたという気がしませんか?

 

 

<体力>の低下は、心の変調の兆し

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 子どもたちの体力が低下している、骨折しやすくなった、姿勢が悪くなった、外反母趾(がいはんぼし)と指上げ足(浮き指、足指が地面に着かないで浮いた状態になっていること)が増えている、しょっちゅう「疲れた」とこぼす子が増えた……文部科学省の統計をはじめとした、さまざまな学術調査で、生きる力のおおもとになる身体の基礎的な力(それをここでは<体力>と言っておきます)に、何か異変が起きていることを示すデータが次々に出てきています。
 <体力>の低下は、病気にかかりやすくなることを意味するだけではありません。身体と心は思いのほか、深くさまざまな面でのつながりを持ち、それは科学的にも明らかになってきています(心身医学や精神神経免疫学)。「病は気から」と昔の人が言い習わしてきたのは、理由のないことではなかった。そのわけが、ますますはっきりしてきているのです。例えば、姿勢の悪化や足裏の異常が、自律神経失調症(下痢・便秘・ひきこもり・うつなどとも関連)や生活習慣病(肥満や糖尿病など)を引き起こしかねないとの指摘があります。成長期の身体の異変や<体力>の低下は、将来の疾病、行動異変、心の病、社会的な不適応の出現を警告する兆候である、と理解すべきなのかもしれません。

 

 

便利な暮らしの追求が奪ってしまったもの

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 この<体力>の低下という深刻な事態はどのようにして改善できるでしょうか? この事態をみすえた「体育」とは何でしょうか?
 私は、それは子どもが自由気ままに遊べるスペースを街の中のいたるところに確保することだと信じています。
 おとなにとっての「カネとモノが豊富にある便利な社会」が、おとな自身にとっても必ずしも「よい生活」を意味するわけではないことは、今では誰もが理解しています。しかし、子どもたちにとっては、このような社会が決定的な「悪い生活」になりかねないことは、1970年代以降、子どもの遊び場が急速に失われた、という一事をとってみても明らかです。
 私たちは「便利な生活」と引き替えに、子どもたちから戸外で伸び伸びと自由に遊ぶこと(すなわち、遊ぶ時間、遊ぶ空間、遊ぶ仲間)を、奪ってしまった。このことの代償が、社会にどう跳ね返ってきているかに気づき初めて、恐れをなしている、といったところではないでしょうか。

 

「体育」はすべてのおとなが子どものために考えること

上田先生

 おとなたちからすれば一見無駄に見えるかもしれない「遊び」が、どれほど子どもの成長にとって不可欠であるかは、社会学、発達心理学などでも繰り返し強調されています。子どもたちは遊びを通して考え、決断し、行動し、責任をもつことを学びます。走ったり、跳ねたり、追いかけたり、ころんだり、時には敵と味方が入り乱れて激しくやりあう中で、ルールを守ること、仲間をいたわること、より楽しくするために工夫をこらすこと……などを自然に身につけるのです。
 体力の向上や巧みな体の動かし方、危険を避ける力、コミュニケーション能力、人間関係の処し方は、みな幼少期に仲間と夢中で遊ぶことで体得できるものであり、それらが欠落していては、教室や家庭で机に向かってなす勉強もまったく意味を持ちません。

 「体育」は、自由な「遊び」を奪われた子どもたちの、目には見えない、言葉としても発せられない、悲痛な叫びを受け止め、成長に不可欠な遊びの機会を与えるべきものでなくてはなりません。それは、持続可能な社会を築く営みと表裏一体をなすものであり、街で、学校で、家庭で、すべてのおとなが気づかっていかねばならない最優先事項であると私には思えます。